これまでの香水店取材では、毎回「妻を盾に使う」という鉄板の入店戦略を採用してきた。ディップティックでもイソップでも、カルタでも。「嫁が見たいって言うんで……」は、私の最強の免罪符だった。
しかし今回、妻はいない。一人だった。
天神・大名エリアをふらっと歩いていたら、壁に見覚えのあるロゴが書いてあるところを見つけた。
「あれ……?」
立ち止まって、もう一度見る。このロゴ、どこかで見たことがある。そうだ、ル・ラボだ。香水の取材をするにあたって、名前だけは頭に入っていたブランド。「いつか行ってみよう」と思いながら、タイミングを掴めていなかったお店が、目の前にある。
以前の私なら、「妻がいないから今日は無理だな」とそのまま通り過ぎていたと思う。しかし今回の私は、ディップティック、イソップ、カルタ、アロマショップ、大分の香りの博物館……数々の香りの世界を渡り歩いてきた、百戦錬磨(大げさ)のフレグランス紳士だ。
一人でも入れる。そう思えている自分に、少し驚いた。

問題は、次に発生した。
入口が、わからない。
おしゃれすぎて、どこから入ればいいのかがわからないのだ。外観がスタイリッシュにまとめられていて、「ここが入口です」という主張をしてこない。キョロキョロしながら壁沿いを歩いて、「あ、ここ窓かな」と思って近づいたら、それが入口だった。
窓と思っていたところが、扉だった。
おしゃれなお店あるあるだと思うが、「入口を探させる」レベルのデザインは、なかなかのものだった。一人でも入れるメンタルは手に入れた。しかし入口を探すというハードルは、まだ残っていた。
それでも、扉を開けた。
「ラボ(研究所)」という名前のフレグランスブランド。天神・大名で出会った
天神・大名エリアは、おしゃれなセレクトショップやカフェが集まるエリアだ。ぶらぶら歩いていると、時々「あ、このお店なんだろう」という引力を感じるお店がある。ル・ラボは、その引力が強い部類のお店だった。
この記事でわかること
・ル・ラボ(LE LABO)天神大名エリア店のリアルな雰囲気と体験レポート
・「香水は女性のもの」を覆す、男性客60%というブランドの意外な正体
・東京・京都限定の都市限定フレグランス「シティ エクスクルーシブ」の話
・カルテ登録で実現するパーソナライズ体験とは何か
「LE LABO」はフランス語で「研究所」。名前の時点でただものじゃない

ル・ラボ(LE LABO)というブランド名は、フランス語で「研究所(ラボ)」を意味する。
香水ブランドの名前に「研究所」。この時点でただものではない予感がした。一般的なフレグランスブランドは、創業者の名前だったり、フランス語の優雅な言葉だったりを冠することが多い。それに対して「ラボ」とは、ずいぶんと無骨な選択だ。
お店の外観も、その名前に正直だった。余計な装飾がなく、無骨でインダストリアルな雰囲気。「おしゃれである」ことを主張しすぎない、自信のある佇まいというか。「中に入れば分かる」というオーラが漂っていた。
妻がいない分、入店の言い訳を考える必要もない。スタッフさんに「いらっしゃいませ」と声をかけてもらって、素直に「ちょっと見ていいですか」と答えた。一人での入店は、案外あっけなかった。
店内に入ってわかった、「香水の研究所」という意味

店内に入ると、香水ボトルが左右の棚に整然と並んでいた。それぞれのボトルの前には、すでに香りが吹きかけられた白い試香紙が置かれている。「まずはこれを嗅いで、気になったものを選んでください」というスタイルだ。
スタッフさんが教えてくれたところによると、棚の配置にも意味があるらしい。
「左側がフローラル系など軽めの香り、右側がウッディ系など重厚感のある香りに分かれています。まず『重い感じがいいか、軽い感じがいいか』からざっくり絞っていくと選びやすいですよ。」
これは便利な道案内だ。「香水の選び方がわからない」という最初のハードルを、棚の左右というシンプルな仕組みで解消している。デザインとしてかっこいいだけでなく、ちゃんと機能的にも設計されている。マーケターとして、思わず唸った。
店内には香水だけでなく、ボディケア、ヘアケア、スキンケアのラインも充実していた。「香水ブランド」というより「香りを軸にした総合ライフスタイルブランド」という感じがした。
「男性の方が多いんですよ」─ え、香水店なのに?
スタッフさんと話しながら店内を見ていると、あることに気づいた。私が入店してから、他にもぽつぽつとお客さんが来るのだが、その多くが男性だった。
「香水店=女性が多い」という先入観があった私には、少し意外な光景だ。率直に「男性のお客さんが多いですね」と言うと、スタッフさんが「そうなんです」と頷いた。
「ル・ラボは男性のお客様が多くて、体感で6割くらいは男性ですね。ウッディ系やムスク系のジェンダーレスな香りが多いですし、『メンズ用』『レディース用』という区別がないので、男性も選びやすいんだと思います。」
男性客6割。これはかなり意外な数字だ。
「香水店は女性のためのもの」という思い込みが、実はお店に入ることへのハードルになっていた。しかしル・ラボはその前提を根本から覆している。「メンズ用・レディース用の区別なし」「ラボのような無骨な内装」「ジェンダーレスな香りの設計」。これらが重なって、男性が「自分のためのブランド」として使えるお店になっているのだ。
一人で来て正解だったかもしれない、と思い始めていた。
「東京に行かないと買えない香り」という罪な話を聞いてしまった
試香紙をいくつか嗅ぎながら会話を続けていると、スタッフさんが「実は特別な香りがあって」と切り出した。「都市限定」という言葉を聞いた瞬間、マーケターとしての好奇心と、消費者としての物欲が同時に燃え上がった。
「シティ エクスクルーシブ」という、罪なコンセプト

ル・ラボには「シティ エクスクルーシブ」と呼ばれる、特定の都市の店舗でしか購入できない限定の香りがある。スタッフさんが教えてくれた時、思わず「え、それはズルい」と口に出てしまった。
日本国内だけでも、東京限定の「ガイアック10」と、京都限定の「オスマンサス19(金木犀)」の2種類があるという。
「基本的には、その都市のお店に行かないと買えないんです。年に一度だけ、世界中のシティ エクスクルーシブが全店で買える期間があるんですが、それ以外は現地でしか手に入りません。」
「東京に行かないと買えない香り」。
これはマーケティング的に、相当うまいと思った。「その場所でしか手に入らない」というのは、商品に「移動する理由」を与える。東京出張があれば「ガイアック10を買いに行く」という動機が生まれ、京都旅行があれば「オスマンサス19を探しに行く」という目的が追加される。香水を買うためだけに旅をする人が出てきても、全然おかしくないコンセプトだ。
ディップティックの「34」が「パリ本店の空気を分子レベルで閉じ込めた」なら、ル・ラボの「シティ エクスクルーシブ」は「その都市に行った記念の香り」だ。香りが旅の記念になる。そのストーリーが、香水の価値を何倍にも引き上げている。
その場で調合して「出来立て」を渡してくれるライブ感

ル・ラボのもう一つの特徴として、スタッフさんが教えてくれたのが「出来立てを渡す」という仕組みだ。
他の多くの香水は、工場で大量生産されてボトルに詰められた既製品を棚から持ってくる。しかしル・ラボでは、購入が決まった段階で、店内のカウンターで最終調合を行い、その場で瓶に詰めて渡してくれるのだという。
「その場で一本一本作っているので、お客様に渡す時がいつも一番フレッシュな状態なんです。」
「ラボ(研究所)」という名前の意味が、ここで腑に落ちた。売り場の奥にある調合スペースで、スタッフさんが香水を作る。それをお客さんが受け取る。「研究所で作られたものを、研究所から直接手渡される」という体験が、このブランド名に込められていたのだ。
ラベルに名前を入れてくれる。「世界に一本だけ」の香水になる

さらにスタッフさんが「ラベルに名前やメッセージを入れることもできます」と教えてくれた。
購入した香水のラベルに、自分の名前、好きなメッセージ(最大23文字まで)、購入した日付と店舗名を印字してもらえるという。プレゼントとして贈る場合には、相手の名前とメッセージを入れることができる。
「2025年〇月〇日、福岡にて」という日付と場所が刻まれた香水は、ただの商品ではなく「その日その場所の記念品」になる。しかも中身は出来立てだ。これはプレゼントとして、相当な破壊力があると思った。
もらった側は使うたびに「あの日、あの人が選んでくれた」ことを思い出す。香りが記憶と結びつくというプルースト効果が、ラベルという形でさらに強化されている。
「めっちゃいい匂い」と思ったら即買いしていた。マンダリンのボディソープ
都市限定の話に感心しながら、スタッフさんに案内されるまま香りを試していった。香水コーナーだけでなく、ボディケアのコーナーにも足を運んだことで、思わぬ「買う理由」に出会ってしまった。
香水13、33、macha……試香紙が雄弁に語る
棚に並ぶ香水の試香紙を順番に嗅いでいった。ル・ラボの香水には数字と名前がついていて、「サンダル33」「ローズ31」「マッチャ26」などがある。それぞれに個性があって、嗅ぎ比べているだけで飽きない。
「13(サーティーン)」と名のつくものは、ニューヨーク限定の香りだと教えてもらった。ムスク系の落ち着いた香りで、「これは確かに男性が好きそうだ」と思った。「macha(マッチャ)」は抹茶をベースにした和を感じる香りで、こちらも興味深かった。
複数試してもイソップと同様、頭が痛くなる気配がない。天然素材へのこだわりがあるブランドは、やはり香りの「キレ」が違うのだと改めて実感した。
「マンダリン」のシャワージェルを嗅いだ瞬間、手が伸びていた

ボディケアコーナーに移動した時、スタッフさんが「こちら試してみますか」と勧めてくれたのが、マンダリン(柑橘系)のシャワージェルだった。
蓋を開けて嗅いだ瞬間、素直な感想がそのまま口から出た。
「めっちゃいい匂い。」
爽やかで、甘すぎない柑橘の香りだ。「マンダリン」はいわゆるみかん系の柑橘で、オレンジよりも少し甘く、レモンより丸みがある。それがシャワージェルにそのまま入っているような、自然な香りだった。
「これ、毎朝使ったら気持ちよさそうだな」という具体的なイメージが、嗅いだ瞬間に湧いてきた。「使いたい」という感覚が、頭を通り越して体に直接届いた感じがした。
気づいた時には「これ、ください」と言っていた。
一人で来た取材のつもりが、しっかり購入していた。ひとりで来ると、「妻がいないから今日は見るだけにしよう」という抑制も働かない。ある意味、一人で来たのが仇になった形だ。でも全く後悔していない。
スタッフさんの「このブランドが好き」が伝わってきた
マンダリンのシャワージェルをレジに持っていった時、スタッフさんの接客の印象について改めて感じることがあった。
うまく言語化するのが難しいのだが、「このブランドのことが好きで、だからここで働いている」という空気が、スタッフさんから自然に滲み出ていた。商品の説明をしている時の言葉の選び方、香りを試してもらう時の目の輝き、都市限定の話をする時の楽しそうな表情。どれも、「売るために言っている」という感じがしない。
マーケティングの仕事をしていると、「スタッフが商品を好きかどうか」はお客さんに必ず伝わる、という話をよく聞く。それをル・ラボのスタッフさんで実感した。「このブランドのことが好き」という感情が、接客全体の質を底上げしている。
「スタッフさんが好きなブランドの商品を、私も好きになる」という連鎖が、自然に起きていた体験だった。
「カルテに登録しますか?」で、香水が「もっと自分のもの」になった
会計の時、スタッフさんから「よろしければカルテに登録しませんか」と声をかけてもらった。「カルテ」という言葉が、また「ラボ(研究所)」の文脈にぴったりはまっていて、思わずにやりとした。
「カルテ登録」という言葉のセンスに、まずやられた
「カルテ」とは、医療の現場で使われる患者の記録のことだ。病院に行くと「カルテ」に診察の記録が残る。それをフレグランスブランドが使っている。
「ラボ(研究所)」という名前のブランドが、お客さんのデータを「カルテ」と呼ぶ。言葉のセンスが一貫している。「医療的な専門性」と「個人への丁寧なケア」という二つのイメージが、一語に凝縮されている。
こういうブランドの細部へのこだわりを見つけるたびに、「やっぱりちゃんと考えて作っているブランドは違う」と思う。
「次から名前を言うだけでわかります」─ パーソナライズの力

カルテに登録してもらうと、購入した商品や香りの好みのデータが記録される。次回お店に来た時に名前を伝えるだけで、スタッフさんが過去の購入履歴や好みを把握した状態でご案内してくれるのだという。
「次回いらっしゃった時に、『前回マンダリンをご購入いただきましたが、今回はいかがですか』とか、『マンダリンがお好きなら、こちらも合いそうですよ』といったご提案ができるようになります。」
これは、かなりパーソナライズ感が強い体験だ。
大型の百貨店のコスメフロアに行って、毎回「どんな香りがお好きですか?」から始まるのとは全然違う。「あなたのことを知っているスタッフさん」がいるお店は、行くたびに「自分に合ったもの」を提案してもらえる。
カルテという仕組みが、お店への「次回また来たい」という動機を自然に作っている。これはマーケティングとして本当によくできている、と思いながら、素直に登録してもらった。
「ラボ」で「カルテ」を持った。香水が完全に「自分のもの」になった瞬間
お店を出た時、マンダリンのシャワージェルの袋を手に提げながら、なんとも言えない満足感があった。
これまでの取材では、妻の同行、当日飛び込み参加、常連さんの地元トーク巻き込まれ事件など、様々なハプニングが体験を豊かにしてくれていた。しかし今回は、一人でお店に入って、試して、買って、カルテに登録してもらった。
「香水が苦手で、選び方もわからなかった私」が、「ル・ラボのマンダリンが好きで、カルテも持っている私」になっていた。
香水というものが、「なんとなくおしゃれな人がつけるもの」から「自分が使うもの」に変わった感覚だ。その変化に気づいた瞬間が、シリーズを通じて一番静かに、でも確実に起きた変化だったかもしれない。
天神・大名エリアをぶらぶらしていなければ、一人で入ろうとしなければ、気づかなかったことだ。香りの世界は、扉を開けた分だけ広がる。
【まとめ】ル・ラボ(LE LABO)で学んだこと
- LE LABOはフランス語で「研究所」。その場で調合して出来立てを渡してくれるライブ感がある
- 男性客が約6割。「メンズ・レディース区別なし」のジェンダーレスな設計で男性が一人で入りやすい
- 「シティ エクスクルーシブ」は東京限定・京都限定など。その都市に行かないと買えない香りが存在する
- ラベルに名前・メッセージ・日付を印字でき、プレゼントとして最高の破壊力を持つ
- カルテ登録で名前を伝えるだけで、過去の好みを把握したパーソナライズ接客が受けられる
- スタッフさんの「このブランドが好き」という熱量が、お客さんへの信頼感につながっている
- マンダリンのシャワージェルは、嗅いだ瞬間「毎朝使いたい」と思わせる爽やかな柑橘の香り
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- 監修は、大手エステサロンにて20年以上【香水カウンセリング・美容アドバイス】に携わってきた香りのプロが担当。肌との相性や香りの変化を見極め、実際の生活に寄り添ったアドバイスを行っています。現役で店舗経営も行っています。
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